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      アレルギー日誌2007〜2008            

【2007年】ジンマシンのはじまり。


2007年(平成19年)6月21日深夜 〜初めてのアナフィラキシー〜 


忘れられない夜。アレルギーとの出会い。そして始まり。。。

それは、あまりにもショッキングなものでした。

経営している飲食店で、閉店後スタッフ全員で食事をとりました。

いつもと変わらぬ、和気あいあいとした雰囲気。。。

食事の内容は、手作りのちょっとスパイシーなカレーライスでした。

私が作ったカレーに、妻の提案でそれに納豆を加え、サラダや副菜なども付けて、

栄養のバランスなども考慮し、とても美味しくいただきました。デザートには苺入り

のヨーグルトも食べました。

その後、妻が先に帰宅し、私は事務所でその日の日報やら明日の準備を行なって

いました。すると妻から電話が。。。

最初は『なんか体がかゆい!塗り薬でも持ってきて。』というものでした。

しかし電話を切って、10分もしないうちに、今度は悲鳴に変っていました。

『体が変!かゆい!!!!!!』

私は瞬間的に、何が起きたかは全く分かりませんでしたが、妻の身に大変なことが

起きている!早く帰宅して、救急病院に連れていかなくては!!

そういう一心で、無我夢中で帰宅しました。それが夜中の12時過ぎでした。

帰宅すると、すっかり顔が変ってしまった妻が、悲鳴を上げていました。

顔は真っ赤に腫れ上がり、原型をとどめておりません!!全身には発疹が出て、

とてもかゆがり、何が起こったか分からず、顔が変ってしまった自分に対して、パニ

ックになっていました。泣き叫ぶ妻に『大丈夫!大丈夫!俺を信じて!!』と言って、

抱きかかえるようにして車に乗り込み、急いで車を走らせました。

病院に向かう途中、今度は激しい呼吸困難を起こしました。

後で分かったことですが、腫れたジンマシンが気管付近を圧迫し、呼吸の妨げに

なっていたようです。病院にたどり着き、緊急の処置を行なった時は、かなり血圧が

低下し、意識ももうろうとしていて、それでも全身のかゆさに、必死に耐えている様子

でした。一緒にいた私は、生きた心地がしませんでした。

心電図の数字を、ただひたすら追いかけ、正常値になってもらうことを一心に祈り続

けました。そして1時間ほど経過したでしょうか?

呼吸器専門の医師も駆けつけてくれ、何とか容態も落ち着きました。

即入院ということになり、そのまま病室へと移りました。

それから1週間ほどは、毎日点滴と検査。

食物アレルギーではないか?ということで、取りあえず肉や小麦、卵・乳製品などは

除いた食事を採りながら、今回の発作の原因となった食品を調べましたが、結局は

何が原因で、今後どうしたら良いか?などという具体的なものは得られませんでした。

また、入院が呼吸器科であっても、アレルギーの担当は皮膚科ということが、多少

検査の妨げにもなっていた気がします。

そして医師から言われることはただひとつ、『アレルギーの原因は人それぞれだけど、

ほとんど原因は分からないことが多い。だからあなたも、危ないような食品はなるべく

口にしないで下さい。そしてもしかゆくなったら、この薬を飲んで、それでも改善されな

ければ、また病院に来て下さい』というものでした。

でも私は納得いきませんでした。

なぜなら、今回はたまたま私が早く帰宅することが出来て、妻を至急病院に搬送でき

たから、大事に至らなかったが、もし私の帰宅が遅れていたら、間違いなく生死に関係

していました。それなのに、原因はほとんど分からないものだから、発作が起きたら

また来て下さいということでは、原因解決にはなっていないし、今度では手遅れになって

しまうかも知れない。そう思った私は、必死でアレルギーについて情報を収集し、原因

を探り、今後こういうことが起きないように知識を蓄えていきました。

それでようやく、今回の妻の症状が“アナフィラキシー”という激しいアレルギーの現象

であり、蜂に刺されて、人がショック死する原因だと分かったのです。


【2008年】ジンマシンを知る。そして対策を考える。


2008年(平成20年)1月4日深夜 〜ジンマシン〜 


アナフィラキシーを起こしてから、半年近く経過しました。

その間、原因が分からず、食べることに恐怖感を持った妻の体重は、身長160cmに

対し、30kg台になってしまいました。元々痩せてはいましたが、さらに痩せてしまい、

心配の日々は続きました。

その後、激しいアレルギーの原因は、過度のストレスや肉体疲労、そして食事にあると

考えました。それで食事には、前回発作が起きた際に食べた『カレー・ナス』などを食

べないように気を付けていました。しかもあれから半年ほど経ち、あれ以来症状が出ず、

気の緩みもあったかも知れません。『もうジンマシンは起こらないかな?たまたま偶然

であったのかも?』そんな油断があったと思います。

その日の夜もいつも通り、一通り仕事を終え、皆と食事をしました。

食事の内容は、カレーピラフとサラダでした。

カレーはある程度食べないようにはしておりましたが、前回食べてアレルギーを起こし

たのは、ナスの浅漬けの方が原因であると、思い込んでいました。また、前回は市販の

カレールウを使ったカレーを食べているので、カレー粉であれば大丈夫かな?という気

持ちもありました。

食事をして帰宅し、一緒にいつものように、お酒を飲みながらテレビを見ていました。

その時、深夜1時頃でした。

突然妻が『かゆい!!』と言い出しました。

あせりました。全く油断していましたし、もう起きないことを強く願っていたからです。

両腕を中心にジンマシンが出て、目の奥が引っ張られるような感覚。。。

そして顔にもポツポツと発疹が出てきました。

急いで処方してもらっていた点眼薬と痒み止めの薬を服用し、横になり安静にしました。

そして1時間半後、様態も安定し、ちょっとだけ安心して就寝しました。


2008年(平成20年)2月1日深夜 〜ジンマシン〜 


2月の寒さが厳しい夜でした。

前回の教訓から、カレーは一切口にしませんでした。

カレーが原因。とりわけ、カレー粉の成分が悪いと考えておりました。

この日の夜は、当然カレーは食べませんでした。

食べたのはラーメン。紅生姜や七味唐辛子をたっぷりのせて食べました。

帰宅し、深夜1時。シャワーを浴びていると、またしても両腕を中心に発疹。

すぐに薬を服用し、しばらくして発疹は収まり、就寝しました。

翌日、すぐに原因を考えました。

カレーは直接の原因ではない。しかし成分を調べてみると、七味唐辛子とカレー粉には

共通して『唐辛子』と『陳皮』が含まれている。これが原因か?

それに体調面で言うと、ジンマシンが出る前は共通して、お腹の調子が悪く、足などの

むくみがひどいという。。。そして仕事の疲れ。これらが重なると出るのか!?そう考

えました。


2008年(平成20年)2月23日深夜 〜ジンマシン〜 


この日も深夜の発症でした。

この夜は、たっぷり白菜が入ったお好み焼きと味噌汁を食べました。

白菜以外の具材は、いか・いか天・もやし・ねぎ・玉葱など。

体に良いということで、たっぷりのすりゴマものせました。

そして寒さのせいもあるのか、辛いものを食べたがります。しかし七味唐辛子は危ない

ので、一味唐辛子をふって、美味しく完食しました。

深夜1時頃。いつものように一緒にお酒を軽く飲んでいると、様子がおかしい。。。

どうやら激しい胃痛に襲われ、それと同時に腕と右目の下にジンマシンが出てきました。

急いで薬を服用し、横になりました。

しばらくして発疹は消えましたが、胃が腫れているのを感じる位、胃痛がひどかったよ

うです。

ジンマシンの原因は唐辛子?とりわけ辛いもの全般がいけないかとも考えました。

そして明くる2/24から、はっきりしない原因を考え、インターネットで様々な情報を収

集しました。そして、これが原因かな!?というものに気づきました。

それは普段の妻の食生活です。

この食品がダメ!というよりは、食品はあくまで引き金であり、そこに行き着くまでの

生活を見直すべきじゃないかと考えました。

妻は冷たい飲み物が好きで、凍りそうなものをよく飲んでいます。

サウナが好きということもあり、汗を流した後は、特に飲んでいました。

しかし妻は非常に痩せており、冷え性。サウナ後、体が熱いといっても、冷たい飲料で

急激に体を冷せば、逆効果!それでこの日から冷たい物の過剰摂取を止め、温かい

お湯を飲むようにしました。そうしたら次第にお腹の調子も改善され、体温も上昇し、

体調も良くなってきたようでした。



2008年(平成20年)4月15日夜 〜2度目のアナフィラキシー〜 


この日は、仕事がお休みでしたが、色々と用事などもあり、やっとのことで夕食を採ろ

うとした時には、もう夜の10時頃になってしまいました。

それで仕方なく、外食しようということになり、近所の居酒屋へ。

妻は生ビールを一口、その後生キウイサワーを飲みながら、酢の物・コロッケ・もつ煮・

海鮮キムチなどを少しづつ食べていました。

そうして食べ始めて1時間後の11時頃、ちょっと気分が悪いと言って、トイレに行き

ました。アルコールもさほど飲んでいなく、体調が悪く、ちょっと酔いが早かったのか

な?などと、軽く考えていました。

しかし、トイレから帰ってくると、ちょっと様子がおかしい。。。。。

『目の奥がかゆい!!!!』と、突然言い出しました!

これはおかしい!と思っていると、一度白くなっていたが顔が、急激に赤くなってきま

した!  アナフィラキシーだっ!!!

急いで薬を服用させ、救急病院に向かいました。

車中、妻は、かゆさと呼吸の苦しさでもがき苦しみながら、

『なぜ?また、こんなひどい目に!!』と泣き叫んでいました。

私も自分の無力さと、またしても妻につらい思いをさせ、申し訳ない気持ちで一杯でし

た。そして精一杯の気力を振り絞り『大丈夫!大丈夫!すぐに楽になるからね!辛抱

して!!』と言ってあげることしかできませんでした。

前回同様、血圧低下と呼吸困難と激しい全身の痒み。。。

大丈夫だろうか?とても心配しながら、妻の手を握り締めておりました。

今回も前回同様、早めに救急に行けたおかげで、しばらくして血圧を上昇させる注射

が効いてきて、痒みも少しずつ改善されてきたようでした。

そのまま病室に向かい、その日は入院となりました。

二度目のアナフィラキシーを目の当たりにし、このままではいけないと強く感じました。

確かにこの1年間で、食べるものに気をつけ、冷たい飲料を避け、温かいお湯や人参

茶を飲むよう心がけ、体調も改善されてきたように思っていただけに、また振り出しに

戻ったような心境でした。このままではいけない。そして原因を究明していくのと同時に、

今度アナフィラキシーを起こしても焦ることなく、きちんと対処する準備をしておく必

要があると感じました。アナフィラキシーの一番怖いことは、急激に血圧が低下するこ

とです。そこで地元の病院から紹介状をいただき、秋田市の病院で再度検査してもら

い、緊急時に血圧を上昇させる注射(1)『エピペン』を処方してもらうことにしました。

秋田市の病院での再検査の結果は、やはり前回同様、ダニにはアレルギー反応があ

りましたが、その他の食品には問題は見られない、とのことでした。また、その他の体調

面においても、栄養や水分は不足気味という診断でしたが、直接アレルギーの原因と

なるものは見つかりませんでした。そして病院側の結論は、前回同様、『アレルギー原因

は分からないことが多い。うまく付き合っていくことを考えてください』ということでした。

愕然としました。これが現実?本当にこれでいいのか?ジンマシンが出て、痒いだけな

らまだしも、現に目の前で、呼吸困難になり、顔が変形し、血圧低下で生死に関わる大

問題に対して、うまく付き合えるはずがない。。そう考えるのが普通だと思うのですが。

これが医療の限界で、定説なのだろうか?とりあえず『エピペン』を処方してもらい、

緊急時対策においては、少し安心することができました。そしてしばらくの間は、妻の

仕事を休ませることにしました。

ストレスから開放し、治療に専念してもらおうと決心したのです。


2008年(平成20年)9月9日夜 〜ジンマシン〜 


ここ数日は、妻の体調が悪かった。

そうしたらやはり、ジンマシンが出てしまった。

この日は仕事が休みで、二人で夕飯を採っていました。

ピザ・ソーセージ・お刺身など。

夜の10時頃、眉間と左の口元に発症。そして背中も痒くなりました。

急いで薬を服用し、横になって安静。

なんとかアナフィラキシーは起こさず済み、少しほっとして就寝。

その翌日、今度はアレルギーを専門にしている病院を探してみようと思い立ちました。

以前アナフィラキシーのことを調べている時、そのアレルギー専門書の著者が仙台の

病院の先生だったことを思い出したのです。

調べてみると、その先生はアレルギーと小児科専門の個人病院を開業されていました。

迷わず予約をいれ、その週の仕事の休みに早速妻と仙台に向かいました。

この行動こそが、一番の転機であり、店の料理を見直すきっかけにもなりました。


2008年(平成20年)9月16日 仙台のかくたこども&アレルギークリニックへ 


いよいよ仙台へ向かう朝がきました。

妻の顔色はあまり良くなく、向かう途中で体の調子が悪くなったらどうしよう?と不安

を抱えながらの出発でした。

秋の宮、鳴子と車で通過しながら、これからお会いする仙台の先生の経歴などを妻に説

明し、必ずこの先生なら、今のつらい状況を理解してくれ、何かしら克服の手立てを提

示してくれるに違いないと、妻を励ましながら、緊張感を持って仙台を目指しました。

事前に病院の場所などは調べておいたので、ほぼ迷うことなく、3時頃には到着しまし

た。考えていた通りの、優しいぬくもりのある木で作られた、ほっとする外観の病院。

期待とちょっとの不安を抱えながら、病院内に入りました。

しかしその瞬間、ちょっとの不安は吹き飛びました。

受付の女性や、周りのスタッフ・看護師さん、すべての方が親切で、温かく迎えてくれ

ました。病院内はやはり子供が多く、遊んでいました。しかしその表情は皆、病院にも

関わらず生き生きとして、笑顔すらありました。『この病院内の人たちは、患者さんも

医師も分け隔てなく、みんな、ファミリーなんだ!』そう感じさせる雰囲気でした。

残念なことに、今まで行った他の病院は、優しさよりも冷たさを強く感じました。

体調が悪く、わらにもすがる思いで来院しているにも関わらず、冷たい言葉、視線、

業務的な言葉しかいただけない病院もあり、かなり悔しい思いをたくさんしてきました。

(※入院時の看護師さんや医師の方は優しく、懸命に治療してくれ、とても感謝してい

ます)それで妻は、かなりの病院嫌いになってしまい、同じく私も病院に対して不信感

を募らせていました。でもこの病院は違いました。

まずは先生の診察を受ける前に、婦長さんがしっかりと病状や、今までの食事内容、

生まれ育った環境、生活習慣など、実に事細かにアンケートを実施してくれ、しっかり

と今後の検査に役立ててくれると言ってくださいました。

その後はいよいよ先生の問診が始まりました。

優しい口調ながらも、そのするどい目は、はっきりと妻のジンマシンの究明を捉えてい

ました。先生は小手先だけの甘い言葉は発することなく、短く、でも力強く、プロとして

必ずジンマシンの原因を突き止めてみせる!という、言葉には出されませんでしたが、

はっきりとその目がおっしゃっていました。私は感動しました。病気を真っ向から鋭く見

つめ、ちょっとのスキも見せない先生と、とても優しく私たちを包み込んでくれる看護師

のみなさま。初めて、救われる安堵感を覚えました。

先生の問診を終え、再度看護師さんが優しく今後の検査内容や、今現在の食事内容の

改善点などを話してくれた時には、私も妻も、その場で泣いてしまいました。

それほどありがたい言葉が多く、力強く、ここまでやってきて本当に良かったと思いまし

た。病気が治る、治らない、そういう次元の話しではなく、自分たちを理解してくれよう

としている、その温かい心だけで、私たちは充分に救われたような気持ちになることが

できたのです。

帰りの車中、私は決心しました。

私たちのように苦労している人たちはたくさんいる。

その人たちの力に、今度はわたしたちがなっていきたい!と。

妻のアレルギーを改善しながら、この経験と知識を、皆様にも伝えていきたいと。

その強い思いが、今の凜の礎になろうとしています。


2008年(平成20年)9月30日 アレルギー検査の結果が出る 


仙台の病院でのアレルギー検査の結果が出ました。

やはりダニにはアレルギーがありましたが、その他の食品には反応なし。。。

しかし食品の反応に関しては、日本では即時型(食べてすぐにアレルギーを起こす)しか

調べることができず、実際にはアレルギーがあっても遅く反応する食品(遅延型)であれば、

海外で検査するしかなく、日本では分からないとのこと。

そして驚くべき報告がありました。

それは痩せている妻に対して、『高脂血症ぎみ』という検査結果でした。

驚きました。予期せぬことでした。

痩せている妻が、高脂血症とは。。。

確かに妻は痩せているせいもあり、少量でカロリーを摂取できるものを好んでいましたし、

体を気遣い、意識的にも栄養価の高いチーズや乳製品、脂ののった魚やうなぎなどを食べて

いました。

そのことが結果的に、それらの栄養が体内で燃焼されれば問題ないのですが、燃焼され

ないで蓄積され、他の栄養がスムーズに吸収されない状態になっていたようです。

また、体内に農薬や殺虫成分の残留が見られ、食品などで無意識に摂取している可能性を

指摘されました。

そしてそれらの検査結果を踏まえ、アレルギーに関して今後の対策として、

@寝具や衣服などを常に清潔にし、ダニや埃を寄せ付けない。

A食事対策を徹底する。

・油の使用は、アレルギーを起こしづらい『グレープシードオイル』を中心にする。

・牛肉やブロイラーなどの食用に気を付け、出来るだけ健康な豚肉を食べる。

・ポストハーベスト(出荷前の農薬散布)された輸入食品の摂取を避け、

 国産の地元食材を中心に食事する。

・野菜・果物などを調理する際は、洗い・アク取り・茹でこぼしなど、昔からの知恵で有害

 物質を排除するように心がける。

・汚染された海で育った海産物の食用に気をつける。

・食品添加物の知識を高め、危険なものを使用している食品は摂取しない。

・同じ食材を繰り返し食べず、旬の食材中心にバランス良く食べる。

・毎日ごはんとたっぷりの野菜汁を中心に食事し、おかず中心にならないよう気つける。

Bストレスを溜めないように気をつける。

C適度な運動を心がける。

D規則正しい生活を心がける。  などを教えられました。


2008年(平成20年)11月29日 〜ジンマシン〜 


ここ2ヶ月間は、食事にはかなり気をつけてきましたが、最近は色々とストレスの溜まる

出来事が続いてしまい、更にこの夜、不用意に輸入食材であるアボガドを食べてしまい

ました。それが原因かは定かではありませんが、深夜1時頃ジンマシン発症。

両腕中心に痒みと腫れが広がり、目も若干腫れてしまいました。

薬を服用し、安静にし、2時間後位にはどうにか落ち着きました。

今回もそうでしたが、ジンマシンが出る前は、目にものもらいが出ていることが多いです。

それだけ免疫力が低下していて、そんな時に出やすいのかな?


2008年(平成20年)12月3日 昼食後倒れる!


この日はお店の定休日であり、久々に二人で、近所で昼食をとることにしました。

食堂に入りましたが、なかなか安心して食べられるようなメニューが見つかりません。

そこで、豚肉であればちょっと安心かと思い、ソースカツ丼と鍋焼きうどんを頼み、

二人で半分ずつにして食べました。

すると食べている途中、妻が激しい腹痛を訴えてきました。

慌てて車に乗って帰宅しましたが、あまりの胃痛・腹痛で車から降りられなくなってしまい、

そのまま車中で倒れてしまいました。

しばらくはそのまま安静にさせました。

今回はジンマシンは発症しませんでしたが、腸内細菌の乱れや胃腸の不具合などが

ジンマシンをより引き起こす原因にもなるので、要注意と感じました。


2008年(平成20年)12月11日 〜ジンマシン〜 


またもや深夜ジンマシン発症。。。

最近はそばや、旬の魚のハタハタを食べることが多かったが、直接の原因は不明。。

とりあえずそばは、控えることに。


2008年(平成20年)12月30日 〜ジンマシン〜 


夕方しじみ汁を飲んだ後にジンマシン。

薬を服用し、数時間でおさまる。


【次へ2009年〜2010年】